いつか会える日

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トラの矜持

 三、四歳の頃、飼っていた猫のご飯を横取りしてひっかかれたことがあって、今もその傷跡が左の目の下に残っていますが、以来今日まで私の周辺にいつも猫がいたことに気がつきます。タマと呼んだ猫は三代つづき、クロや権太に助十、タコ、デタなどの名を覚えています。
 四年ほど前から住みつくようになった猫が三匹います。トラ、ブチ、チビと見た目そのままの名で呼んでいますが、中でもまったく人怖じせず、誰に対しても抱くにまかせ撫でるにまかせで人気者であったトラが、先日老衰のために死んでしまいました。昨年の夏あたりから衰弱が著しく、猛暑の間は部屋に置いたりしていたのですが、今回は様子が違いました。植込みの中の、ここぞという場所に身を置いて、目を閉じて一日中じっとしている姿は、死期を悟り静かにその時を待っているかのようで、おせっかいは無用というような雰囲気さえ漂わせています。トラの猫としての矜持を見せられたような思いです。
 不思議だったのは、この寺に来て四年、一度も鳴いたことがなく誰もが声の出ない猫だと思っていたトラが、死ぬ三日ぐらい前から鳴いたことでした。そっと声を掛けると鳴き、撫でると鳴き、時折り思い出したように短く鳴くのでした。
 お釈迦さまが亡くなられた時の情景を描いた絵を涅槃図といいます。横たわったお釈迦さまのまわりを大勢のお弟子や菩薩、鳥獣までが取り囲んで泣き悲しんでいる絵で、この涅槃図には生きとし生けるものすべてに仏さまの慈愛が行きわたるのだという、仏教の特質がよく表れていますが、この涅槃図には動物の中に猫が描かれているものと描かれていないものがあります。理由には諸説がありますが、幸い養源寺に伝わる涅槃図には猫が描かれています。一時期こっそり本堂裏の物置をねぐらにしていたり、朝夕この庭でお経を聞いたトラのことです。あの涅槃図のようにお釈迦さまのお説法の座に、なにくわぬ顔で加わっているに違いありません。

(ようげん寺報 2018年6月15日発行 第13巻 第3号掲載)
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