いつか会える日

09
お布施

お布施

 お盆のお経まわりは三日間ですから大忙しです。かといって早くうかがうと、「うちの爺さんまだ帰ってきてないよ」なんて叱られてしまいます。まだ学生の頃などは、にわか坊主のきまり悪さもあって、この時期はほんとうに憂うつでした。 
 しかし、そうしていろいろなお宅にうかがったことで、机の上では学べない多くのことを教えられ、育てられてきたのだと、今はつくづく思います。
 最近は少し時間的な余裕ができたこと以上に、自分がこうしてお経まわりができるのも何時までだろうと、一期一会にも似た思いで一軒一軒お参りさせていただいているのですが、そうした中、今年は西糀谷のMさんのお宅で、思いがけないご接待をいただいたのでした。
 Mさんのお宅には今年九十八になるおばあちゃんがいます。数年前からだいぶ宇宙的な存在になられて、夜も昼も寝ずに元気に行動されているらしく、「どうして眠くならないのか、ほんとうに不思議」と、家の人が言います。そんなおばあちゃんですが、私が仏壇の前に座ってお経を読みはじめると、あたり前のように、すらすらとお経が口をついて出てくるのです。さすがだなと、いつも感心させられるのですが、今年はお経がはじまっても落ち着かず、座卓の上に乗ってみたり、ガラス戸越しに外の景色を眺めたり。そのうち私の両肩に手を置いて肩を揉みはじめたのです。一瞬、何が起きたのかと驚きましたが、それがまた九十八とは思えない力の強さ、しかも肩から背中にかけて、きちんとツボに当ててくるのです。木鉦を打つ手も首も体も前後に揺れながら、なんとかお経を読み終ると、「お疲れさま」とつぶやくように言って、すっと手が離れました。後で必死に笑いをこらえていた奥さんが、「おしょさん、よく笑い出さなかったわね」と吹き出すように言いました。聞けば、若い頃に大きなお屋敷に奉公に上り、そこでみっちり仕込まれたのだとか。あれはきっと、おばあちゃんの心からのお布施だったのです。

(ようげん寺報 2014年8月15日発行 第9巻 第4号掲載)
なすび
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