…がくれた、幸せ
初恋
文・秋津良晴 絵・中山成子
 

 中学2年生になったばかりの春先の事です。女生徒が転校してきました。紺地にえんじ色の線とスカーフが都会的で、新鮮でした。清楚で可愛い子だったので、少なからず話題になりました。そんな子が、私の横に座る事になったものだから、それからというもの、授業が手につかないというか、ふわふわした日が続きました。
 一週間ほどが経って、突然、漢字のテストが行われました。「60点以下は追試」ということです。「以下」というのは「それより下をいう」ということで、つまり、60点も追試です。ちなみに60点未満と言えば、59点以下が

 
追試になります。このことが後の私に試練を課すことになるのですが、この時は、タカをくくっていました。相変わらず私は足が地に着いていません。寝ても覚めても彼女の顔が浮かんできます。ラブレターを書く勇気も意気地もないので、放課後に二階の窓から彼女の帰る姿を目で追いかけるだけの日々でした。
 その日、クラスメイトはいつになくそわそわしていました。テストが返却される日だったのです。その時も私には不安はありませんでした。ですが、そんな自信もつかの間。返却された答案用紙の右上には60という数字が記されていたのです。あちこちで、「おー、よかった」とか「わっ、ついし」とか騒ぎ立てる者がいました。私は隣の彼女をちらりと見ました。涼しげな表情から、彼女は合格点だと思いました。私は悟られまいと涼しげを装いました。
 それは授業が終わり、先生が教壇を降りて引き戸に手をかけた時でした。
 先生は「秋津さーん」と大声で私を呼びました。私語がやんで、教室が静まり返り、先生と私に注意が集まりました。頃合いを見計らった先生が、
「秋津さんは、字がとても奇麗だったから追試は無し、ねっ」
と言い、にこっと笑って去って行きました。私が試験で60点以下だったことが知れ渡ってしまったのです。隣の彼女は、下を向いてニコニコしていました。 つづく

(ようげん寺報 2013年6月15日発行 第8巻第2号掲載)
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