…がくれた、幸せ
渕上先生
文・秋津良晴 絵・中山成子
 1年生になった時に、ボクには特別進学クラスに選ばれたという気持ちがありました。虚栄心です。で、ありながら、一方で、国立一期受験のために朝夕の特別課外授業を受けるのも馬鹿馬鹿しく、いっそ、他のクラスに行きたいとも思っていました。デートで「フランス料理と居酒屋どちらにする?」と尋ねられて、思わず「フランス料理」と答えた時のあんな心境です。ですが、虚栄心で得たものに満足感はありません。
 2年生になり、今度は通常のクラス替えがありました。ボクの成績は期末試験時、学年で50番前後をうろうろしていました。本音は
特進クラスには居たくない。でも、「よっちゃんすごい」とも言われたい。そんな気持ちのままに新学期を迎えていたのです。矛盾した二つの気持ちに引き裂かれてはいたけれど、貼り出された長い長い用紙の最初の組、特進クラスに自分の名前がなかった時には、少しホッとしていました。
 2年4組はゆる〜いクラスでした。話し声も多く、笑い声もありました。ボクが嬉しかったのは美人が多かったことです。誤解を恐れずに言い切ってしまいますが、勉強のできる子に美人は少ない。そう思いました。美術部の仲間はそれぞれ別のクラスになってしまいましたが、友だちはすぐにできました。その中には、当時、ビートルズが来日するなどのことがあったこともあり、掃除の途中で、机に上がって箒をギターに、「涙の乗車券」を歌っている熱狂的なファンがいました。担任は渕上先生。それまで、馴染みがありません。専門は国語。背が高く、顔は色白で北村有起哉氏に似た風貌をしておられ、飄々とした方でした。故人となられましたが恩人のひとりです。
 案の定、近所ではボクが特別進学クラスから外されたことがまことしやかに語られていました。伸び伸びしたクラスが手に入った代償でした。聞かぬ振りを装いました。一般に人は特別進学クラスを「いいクラス」といい、選ばれることを誉とします。しかし、ボクにとっては2年4組になったことがこの上ない幸せだったのです。
(ようげん寺報 2016年6月15日発行 第11巻 第3号掲載)
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