…がくれた、幸せ
立場
文・秋津良晴 絵・中山成子
 
 「立場が人を育てる」と言います。前にも書きましたが、グラフィックデザイナーの「フリー」という立場は、言葉はカッコよくても、実情は「来月は食べられるか」と言う不安で満ちています。なぜ、そんな苦しい思いをしてフリーであり続けるのかというと、ボクの場合は、ずるい人に使われたくないという「わがまま」でした。フリーである場合、そこには相手からの評価や期待が感じられますが、ボクが勤めていた会社の上司や社長の言葉にはそれが感じられませんでした。感じられても、期待されている部分がボクの志向と違っていたりで頑張る気が失せてしまうのでした。
 結婚すれば一人前とか、子供ができたら自覚できるとも言いますが、甘えん坊で育ったボクはずっと甘えん坊でした。そんなボクが「フリー」になると決めた時、まず名刺を作りました。まだ、評価も定まらない、今で
言う「ニート」みたいな状況でしたが、そこに「デザイナー」という肩書きを入れたのです。その頃から、ボクは少しずつ変わって行ったように思います。近くに実家がなくて、逃げ込む事ができなかった事も幸いしたと言う友人もいますが、それよりも「期待されている」「立場を失いたくない」という気持ちが強くなったからでした。この場合の「立場を失いたくない」というのは、「フリー」という曖昧な立場ではなく「デザイナー」として認められたい、失くしたくないという事でした。
 友人が、食べてゆけないボクに仕事を作ってくれました。暑中見舞いのハガキを五万円で作ってくれというものでした。当時、活版印刷で五千円も出せばできるものでした。4万5千円を生活費にしろという、友人の心づくしでした。しかし、その意に反してボクは5万円すべてを使って、かねがね研究していた製版理論を実用化したのでした。友人は思いのほかの出来に喜んでくれ、それがきっかけでフリーとしての「立場」を認められるようになりました。もちろん「社会人」としての自覚もでき、「甘えん坊」とは縁が切れたようです。
(ようげん寺報 2018年4月15日発行 第13巻 第2号掲載)
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